■示談申入れを受けた場合の被害者の対応について-弁護士小笠原

Q 電車内で痴漢の被害に遭いました。犯人はその場で逮捕され,現在,犯人の弁護人から「30万円で示談して欲しい」という申し入れを受けています。どうしたらよいでしょうか。


 今回は,犯罪被害を受けた方から多く寄せられる相談です。示談に応じたら/応じなかったらどうなるのか,提示されている金額は適正なのかどうか等々,分からないことばかりで,どう対応したらよいのかわからないと悩まれる方が多いと思います。


1 示談に応じることのメリット,デメリット

(1)刑事処分・処罰への影響

 示談に応じることの最大のデメリットは,加害者の刑事処分・処罰が軽くなるということです。
 加害者にとって,被害者に一定の金額を支払って示談が成立したということは間違いなく有利な事情となります。被害者に対して一切何もしていないような加害者と比べれば良い事情として扱われること自体は自然なことですし,そのように扱わなければ「被害者にきちんと対応しよう」というインセンティブが働かないという政策的な側面もあるでしょう。
 冒頭の例では,「多数の同種前科がある」などの特殊な事情がなければ,被害者と示談が成立すれば不起訴処分となる(刑事裁判にかけられずに終わる)可能性はかなり高くなるでしょう。
また,仮にこれが起訴されて刑事裁判にかけられることになった後であっても,「示談が成立している」ということは加害者の刑を軽くする方向に働きますので,実刑か執行猶予付き判決か迷うような事案では執行猶予の方に傾かせる可能性もあります。
示談を成立させる際には,それによって「加害者の処分・処罰が軽くなってしまってもやむを得ない」と思えるかどうかをしっかり納得しておかないと,後で後悔することにもなりかねません。


(2)金銭面では

 一方で,示談に応じることの大きなメリットは,金銭的な被害回復が早期かつ確実になされるということです。
 冒頭の例で,たとえば実際に被害者に生じた損害として認められるべき客観的な金額が50万円だったとしましょう(この額はあくまで一例であり,これが適正な金額・相場だということではありません)。
示談をしない場合,被害者がこの50万円の損害賠償を請求するためには,加害者に対して民事訴訟を起こすことになります。しかし,これには一定の時間と費用がかかります(※1)。
また,仮に裁判所が「50万円支払え」という判決を出してくれたとしても,実際に相手から50万円を回収できるかどうかは未知数です。相手がせいぜい数万円しか資産を持っていなかったり,どこに資産を持っているかわからない場合には,せっかく取った判決もただの紙切れ同様になってしまうかもしれません。
一方で,加害者からの示談申し入れに応じれば,30万円の金額を確実に,裁判などしなくてもすぐに回収することができます。
 ただし,このことは,デメリットとも裏表の関係にあります。30万円の示談に応じてしまえば,本来の損害額50万円との差額20万円については諦めるということになります。
示談金額は話し合い次第ですから,交渉次第で50万や100万円になることもあるかもしれませんが,逆にどうしても10万円しか出せないという加害者もいるかもしれません。
最後は,示談を成立させれば加害者の処分が軽くなってしまうということも踏まえ,ご自分がその金額で納得できるかどうかです(※2)。加害者側が「お金を持っていないんです」と言ってあまりにも低額の示談に応じさせようとしてくる場合には,そのような示談には応じないということも当然ありうるでしょう。

 

(3)その他のメリット・デメリット

 ① 示談では,金銭面以外の条件を付けられることがある。

 加害者側との交渉次第で,たとえば,冒頭の例でいうと「加害者は,今後二度と被害者に接触せず,JR○○線の電車には二度と乗車しない。万一どうしても乗る必要が生じた場合には,○両目の車両に乗る。これに違反した場合には,違反の都度○万円を被害者に支払う」というような条件を付けられることがあります。

 ② 示談によって,証人として法廷で証言しなければならないという可能性はなくなる

 刑事裁判の中で,被害者が法廷に出て証言しなければならない場合があります。一般的にはそう多くはありませんが,加害者が犯行を否認し,被害者の言い分を否定する場合には,そういうケースもあります。どんな被害を受けたかを,公開の法廷の中で,しかも加害者の目の前で証言することは,被害者にとっては大きな精神的負担となります。
   冒頭の例では,示談によって加害者が不起訴となれば,そもそも刑事裁判は開かれませんので,証人として証言しなければならない可能性はなくなります。事案によっては,この点も考慮して示談に応じるかどうかを検討することもあるでしょう。
   もっとも,上述のとおり被害者が証言台に立たされるケースは決して多くはありません。この点を過度に強調して「示談に応じなければ法廷で証言してもらわなければならない」と示談を迫られた場合であっても,示談に応じるかどうかは冷静に検討する必要があります(※3)。

 

2 示談のバリエーション

(1)弁護士が入って行う実際の示談交渉では,上述の示談のメリット・デメリットを踏まえて,一般的な「示談」をする場合だけでなく,バリエーションを付けた合意を行う場合もあります。
 事件によって,示談の内容には様々なものが盛り込まれますが,多くの場合に入っている内容は次の3つです。

  ①(示談金の額とその支払)

加害者は,被害者に対し,示談金(賠償金)○○円を支払った。

  ②(宥恕(ゆうじょ)文言)

被害者は,本件について加害者を許し,刑事処罰を求めない。告訴をしている場合には,告訴を取り消す。

  ③(清算条項)

加害者と被害者の間には,このほかには一切の債権債務がない。

(2)このうち②を入れずに「賠償金は受け取るけれど,自分は加害者を許さないしあくまで厳重処罰を望む」という合意をする場合もあります。

 また,②も③も入れずに「あくまでこの30万円は被害賠償金の一部を受け取っただけであって,『これ以上は請求しない』ということではない」という一部払いの形にすることもあります。
「示談」という言葉も使わず,取り交わす文書のタイトルも「合意書」としたり,単なる「領収書」とするなど,事案によってさまざまなやり方をします。

 

3 最も重要なことは

 色々述べましたが,何よりも重要なのは被害に遭ったご自身のお気持ちです。たとえどんなにメリットが大きかろうが,「加害者のことは絶対に許せない,何があっても一切示談などしない」ということも当然ありえますし,それで全く構いません。
ここでは,「示談した方がよいのかどうかわからない」という方にとって,客観的なメリット・デメリットを冷静に検討していくことがご自身のお気持ちを整理するのにある程度役に立つと思いますので,そうした観点からご説明しました。

 

4 弁護士費用の援助制度について

 なお,犯罪被害にあって弁護人から示談申し入れを受けている場合の対応については,日本弁護士連合会の弁護士費用援助制度を利用することで,実質的に金銭的なご負担なく弁護士に依頼できる場合があります(利用するには一定の資力要件があります)。
 被害に遭ったご自身が相手方と直接交渉を行うことは精神的な負担が大きいですから,弁護士を交渉の代理人に立てることは,「自分自身で直接対応しなくて良い」というだけでも大きな意味があります。さらに,代理人の弁護士に逐一相談し,アドバイスを受けながら進めることで,様々なメリット・デメリットを踏まえながら,何が一番納得いく方法なのかをしっかり考えて対応することができます。お悩みの場合にはお気軽にご相談ください。
  

(※1)事件によっては,通常の民事裁判よりも簡易・迅速な「損害賠償命令制度」が利用できる場合もありますが,この場合でも回収できないリスクは依然として存在します。

(※2)特に精神的損害(慰謝料)については,金額として幾らが適正妥当なのかを決めることは困難な場合が多いです。この記事では仮に50万円という数字にしていますが,痴漢にあったことの精神的被害を金銭に換算すると幾らなのかについて,客観的な正解など本来はありません。同種事例での過去の裁判所の判断はある程度参考になりますが,裁判所は個別事件の様々な事情を考慮して金額を決めており,一つとして同じ事件はないのですから,今回の事件にぴったりあてはまるような前例を見つけることは通常は困難です。
なお,交通事故でけがを負った場合の慰謝料額については,入院・通院期間に基づいた裁判所の基準(いわゆる「赤い本基準」)がある程度明確になっていますので,刑事事件でけがを負った場合の慰謝料額もこれを参考にすることがあります。ただし,交通事故は基本的に過失犯(わざとけがをさせようと思って事故を起こしたわけではない)であり,故意で人にけがを負わせた事件にはそのまま適用できないということには注意が必要です。

(※3)たとえ証言しなければならない場合でも,裁判所では被害者保護のため,被告人や傍聴席との間でついたて(遮へい措置)を設けたり,法廷とは別室からビデオ通話(ビデオリンク)で証言したり,信頼できる人に付き添ってもらって証言するなどの制度があります。

2021年12月07日|HC通信(ブログ):弁護士 小笠原 友 輔